橋本幸士先生(理学研究科教授)

プロフィール

専門は超弦理論と素粒子理論。理学博士(京都大学、2000年)。理化学研究所を兼務。物理の月刊誌『パリティ』編集委員。著書に「Dブレーン:超弦理論の高次元物体が描く世界像」(東京大学出版会)がある。趣味は黒板に数式を書いて眺めること、物理のディスカッションをすること。
ツイッター:@hashimotostring ブログ:「Dブレーンとのたわむれ」(はてなダイアリー)
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インタビュー

先生のお気に入りの本を教えてください。

僕が持ってる中で一番大好きな本はこれ、ホームズの原本です。イギリスに研究滞在したときに獲得して参りました。これは100年以上前の本でもうマニアならヨダレが出る代物。これを夜な夜な眺めながら楽しむ訳です。僕はたくさん読むというよりは同じ本を何回も読むタイプ。本好きも昂じるとこうなってしまう例ですね(笑)。

僕はシャーロックホームズの大ファンで初めて書いた論文はホームズの論文なんですよ。学部時代はずっとホームズの研究をしてて、物理の論文を書く前に書いたんですね(笑)ホームズの宿敵にモリアーティという数学教授がいるんですけど、彼が作中で書いてる論文は物理の論文なんですね。数学教授がなぜ物理の論文書いてるのか、それに対する考察が僕の論文の内容でした。

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あとはハイゼンベルグの自伝です。『部分と全体』というタイトルで、副題が「私の生涯の偉大な出会いと対話」。これは大学のときに読んで感動しました。量子力学を作った非常に偉い物理学者が自身の人生を非常に詳細に「このとき自分はこういう人と話して、こういう議論をしたんだ」って書いてます。量子力学が作られる過程がすごく詳細に、しかもこの人がまるで隣にいるかのように書いててすごく感動する。これも何回も読んでます。科学をやる人には凄くオススメしたい。割と難解だけれど、科学者の人間的な面を非常にしっかりと伝えてくれる。

朝永振一郎の著作集にある日記も非常にオススメです。この人は人生の辛い時と楽しい時で日記に書く内容の差が凄く激しい。ドイツで彼がポスドクをしていた時の日記は惨憺たる物で、もの凄い鬱状態がずっと続くさまをありありと書いてます。研究者を志望すると大体ポスドクで外国に行って辛い毎日を送るんですけど、あの朝永振一郎も苦労して過ごしたんだ、って日記を舐め回すように読むと安心するんです。そのあと朝永は帰国して結婚するんですよ。すごく幸せな日記がある。「俺もいつかこうなるんだ」とポスドクだった時は自分自身にすごく重ねられて思いました。

科学者の伝記を読むのはその人を知りたいのもあるけど「科学者になりたい、どうすればなれるんだろう」とか、そんなモチベーションで読んでしまうんですよ。それを上手く支えてくれるのがこの二冊ですね。

先生の研究内容を聞かせて下さい

僕の研究は素粒子理論と言って、こういう物体は(テーブルを叩く)、分解していくと最終的にはある物質で構成されているわけですけど、その粒の性質を探る物理学。もうちょっと詳しく言います?

相当省略してますよね…?でも、先生の研究がどういう物か誰にでも分かるように説明するのは相当難しいはずです。

えぇ、とても一口には言えないですね。何が分かってて何が分かってないのかも中々説明が難しいんです。なので特に文系の方と話す時は探り探りという感じです。僕がよく言うのは「説明はできますが、それには30秒版と、3分版と、3時間版があります。どれが聞きたいですか」って先に聞いて、「ああじゃあ30秒で!」って皆言うのでさっきみたいな説明をする、と。

もっと詳しく言うと、素粒子では例えば電子が良く知られていますね。電化製品が電子の流れで動くのは皆知っているし、実験で一個一個が見えるレベルでその存在を確かめられている。その一方でクォークという素粒子の性質は良く分かっていません。性質は良く分からないものの、クォークの運動を記述する方程式は既に書かれていて、それが絶対確かだというのも分かっています。これはアメリカのクレイ数学研究所が発表しているミレニアム懸賞問題の一つで、7個ある数学の問題の中でも一番物理に近い問題ですね。その方程式が解けたら、なぜこのテーブルはこの重さなのかとか、非常に基本的な疑問に答えられる。今はスパコンでその方程式を力技で解いて、重さを計算してる訳ですよ。もの凄い電気代を使い、3ヶ月フル回転させて。でもそんなの面白くない。分かった気にならない。だからその方程式を変数変換したり、色々と手で計算してババンとこの重さを求める。それが研究目標の一つです。

先生が2013年4月に理研の一般公開イベントで企画した『科学者の行動展示』は大反響を呼びました。科学アウトリーチは一般人に理解できる説明や社会の役に立つアピールが要求されがちで、基礎理論の研究者には非常に難しい物だったはずです。
基礎研究は本当に社会と隔絶されてますからね。まず社会の役に立つという価値観で動いていないし、科学者も一般の人と話すことに慣れてません。基礎科学だけのアウトリーチは本当に難しい。例えば小学校の出前授業だと学校の先生に「真面目に聞けよ!」と雰囲気を作ってもらえるから成立しますが、集客せよと言われると大分違う手法を考えないといけなくなる。
科学アウトリーチの手法はもっと色々他にあるはずなんです。例えば科学で得られたデータには非常に美しい物もあるから、それで写真展するとかね。僕がやったように科学者が研究している姿を展示するとか。やり方は色々あると思います。

理論物理の研究室って本当に黒板だけなんですね。それにしても大きい…
これを使って毎日楽しく研究してます。これだけデカいと思うままに書くことができますね。理論物理はアイデア勝負な所があるので、自分のアイデアに制限をつけずにどんどん発想していくのが大事。その一つの手段がコレですね。色々と書き貯めた後にこっちとそっちを見比べてアレ?みたいな、そういう自由さを上手く体現するために使っています。

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学生へのメッセージを
大学生に向かってお爺さんはよく「大学生活が一番自由なときだ」って言いますけど、実はそれは本当です。あとで「しまった」と思ってもどうしようもない。僕はその点で満足しています。僕はこれとかですね(ホームズの原書を指で叩く)、色んな所を寄り道した記憶がある。大学では人付き合いとか授業とか色々やらないといけないことがあるけど、そういうのは一回全部忘れて好きなことを何でもやったら良いです。好きな事をやっていくと必ず人生はそこから開けていきます。いま僕はホームズを題材に科学の小説を書いてるんですよ。『科学者の行動展示』が上手くいった時に出版社から本を書かないかと話がきて、でもただの本は書きたくなかった。

メッセージとしては、他人がなんと言おうと好きな事をガンガンやる、と。閉じこもってゲームするとかでもいいです。京大の近くにモナコっていうゲームセンターがあって、学部生の時に僕そこに毎日通いつめてたんですよ。日本の高速道路を走りまくるレースゲームやってました。それで3年ぐらい前に東京の高速道路走ってたら、「なんかここ走った記憶がある!」って手が勝手に動くんですよ。おかしいおかしいと思ってたらそのモナコでした(笑)。これは笑い話の例ですけど、なにか傾倒した物は人生に全部付いて回って、ひょっとした所で顔を出すんですよ。それが自分の広がりやオリジナリティを作る。だから一つ傾倒するものを持って、目もくれずにやってほしいと思います。

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