中川敏先生(人間科学研究科・人類学研究室)

プロフィール

大阪大学人間科学研究科教授。東京大学大学院修了、オーストラリア国立大学博士号取得。京都大学、大阪国際大学を経て、現職。1979年インドネシアフローレス島で人類学の調査。現在も継続中。地を這うフィールドワークから、民族誌と屁理屈人類学を展開。著書に『異文化の語り方』『言語ゲームが世界を創る』ほか。夢は背表紙にタイトルを横書きに書いた本を出すこと。趣味は現実逃避。
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インタビュー

中川先生の人類学におけるテーマは何ですか?
「伝統と近代」という対立がとっても大事だと思っています。人類学においては、近代の市場経済と伝統の社会でしばしば見られる贈与経済を対比させるのがよくあるやり方なんです。非常に簡単に言うと、市場経済の方は、経済が人とは離れている。物を売り買いする人同士は互いに無関係なまま品物とお金をやり取りするよね。だけども、伝統の贈与経済っていうのは、常に人間が関わってくる。例えば贈与経済で、ある家が他の家に象牙を贈ったとすると、その二つの家庭の子供は結婚しなくちゃいけない関係になる。

そこで、そういうことにならないような一種の逃げ場があって、象牙を渡すけども、これは市場交換なんだよ、と宣言しておく。このように、僕が研究しているインドネシアのエンデ県を筆頭とする伝統の社会では、中央に贈与経済があって、その周縁に人間を巻き込まない市場経済が常に用意されている。つまり、非常に大事な贈与経済に対して、市場経済というのは取るに足らないところ、と。

近代も同じように、真ん中に市場経済があるけど周縁に、例えばクリスマスのやりとりとかあるでしょ? でもこれは近代社会での経済的なやりとりではあくまでどうでもいいところ。 だから伝統社会と近代社会は逆転しているだけであって2つがあることは確かなんだと。

これを僕は「ごまめ理論」って呼んでる。さっきの話で言う周縁部分を「ごまめ」と呼ぶ。周縁部は大切でないと言ったけど、ごまめの部分がなくなっちゃう社会は悪い社会だ。近代社会自体が悪い社会なのではなくて、贈与の部分がなくなり何でも金で買えてしまうような社会が悪い状況なのだと、僕は思っている。贈与の伝統社会も、これ自体は全然悪い社会じゃない。ただ、外側の市場というごまめの部分がなくなった社会は、いわゆる全体主義の社会になってくる。だから、このごまめの部分というのをいつも大切にするような議論を展開していって、ある種政治的な発言を暗示していくような人類学ができればな、と思うんだ。

現在の研究内容について教えて下さい
こんな話を使って、心の問題も考えていて。近代の科学において、真ん中になにか大事なものがあって、周縁にあるどうでもいいところが心なんじゃないかと。そんな「ごまめ理論 心応用編」なんてのも考えています。
僕が実際にダンゴムシの研究書を読んで考えたことなんですけども、例えばある研究者がダンゴムシを機械的に説明しようとして、この状況ではこう動くはずだと、ほとんど明らかにできたとする。その前提で、障害物を置いて動かしてみたら、予想外に、ダンゴムシはその障害物に上った。このとき研究者が「ダンゴムシには心があるんだ!」と叫ぶんですよね。

僕らの生き方って結構こういうところがあって、あるところまでは「説明」していて、説明できないところに心が出てくると。「説明」と「理解」という、研究対象に心を認めるかどうかをめぐる、理系と文系の間の大論争があったんですけれども、普段僕らはこの2つを行ったり来たりしているのだという、案外簡単な結論が出せるんじゃないかな、なんてことも考えています。

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インドネシアのフローレス島エンデ県の村を研究しておられますが、フィールドワークでの思い出は?
最初のフィールドワークに行った頃のエンデはほんとに自給自足と言っていいほどのところだった。貨幣がほとんどないんだよね。ただ国家との交渉もあるから、村の人々は貨幣が大事なのは知ってるわけだよ。お金は結構個人的な持ちもので、夫婦でも持っている貨幣は見せ合わない。 フィールドワークから帰るとき現地のおばあちゃんが声を潜めて、「あんたもう帰るのか? ちょっと来い」って言って100ルピア紙幣を僕の手の中に握らせて、「これ持って帰んな」って。 100ルピアって日本でいうと10円から30円くらいの価値だったんだけど、そのおばあちゃんにとってはなけなしの大財産なんだよね。あれはちょっと泣きそうになりましたね。

貨幣経済が入ってきた最近のエンデは?
確かに村の皆にお金が必要にはなってきてる。それでもお金は資本主義の貨幣として使うよりは、やっぱり贈与として使っちゃう。例えば、象牙10本よこせと言われたら、必ず1本は本物の象牙がなくちゃいけないけど、残りの分はお金を渡せばいいんだ。彼らは村の外から稼いできたお金を贈与経済の贈与品として使ってるから、資本主義経済的にはちっとも豊かになってないのね。
インドネシアの中でも、僕の行っているヌサトゥンガラ・ティームル州は「開発に取り残された州」として認められておりまして(笑)。エンデ県が確か「貧しい県」かな。で、エンデ県下の村が「最も取り残された村」とかそんなふうにされてるんです。一緒に自動車に乗ったNGOの人が「まあ、なんて貧しいんだろう」って言ったけども、それは1つの見方なんだよね。貧しいったってエンデには飢餓で死ぬ人は絶対いないし、いること自体考えられない。誇張して言えば、貧しさってのは資本主義がつくってるんだ、と。開発は貧しさをなくすんじゃなくて、開発が入ってくると貧しさが出てくるんだよね。

◎学生におすすめの本

まず文系にはマックス・ウェーバーの奥さん、マリアンネが書いた『マックス・ウェーバー』。何か勉強する気がなくなったときこれを読むと、「うわ、やっぱり彼みたいなすごい人がこれだけ勉強してんだから、僕だって」という気になる。すごく力になりますので、是非読んでみてください。

理系は、『ダブルヘリックス』。DNAの二重らせんを見つけてノーベル賞をとった、クリックとワトソンの共著。素晴らしい青春小説なんだ。で、読むと僕はあんまり好きになれない人たちなんだけども、もうとにかく二十歳くらいから、ノーベル賞とることだけを目標に決めてるわけね。若いから無理ができる、「勝てば官軍」っていう話(笑)。

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