編集員榎本の日記

人間の体の密度は約1g/cm3。大阪大学に通う中身の無い学生たちもみなその密度は1だ。そしてこれは水の密度でもある。あの夏の日、私の隣には水に浮くしか能の無い奴がいた。重さ1kg、大きさ1m×1m×9.5cm、計算される密度は0.01g/cm3。座布団大の白い直方体、主な成分は発泡スチロール。これをステラーカイギュウ1768と名付けた。

ステラーカイギュウ。ジュゴンの近縁種で、巨大。人を恐れない性格が災いし、乱獲により1768年に絶滅した。仲間が傷付くと、その周囲に助けようとするかのように集まってくる習性を持っていたという。この直方体も私が危機の時には助けに来てくれるだろう。以降これをステ8と略す。

鴨川の起点は鴨川デルタである。そこに立った私は、救命胴衣を着込み人工飛び石からステ9の上に飛び乗った。ガリガリガリガリと川底の砂利がステ8を削り、流れない。鴨川デルタは溺死こそ無いが、ぬるぬるした浅い足場と頭を打ち付けるのに丁度良い岩が連なる場。私は足を滑らせ、額を打ち、血を滴らせながら前を見た。主を失なったステ9が流れに乗って進んでいく。本当に浮くしか能の無い奴め!現代に蘇った巨獣は冷酷であった。そして救命胴衣は不要であった。安全第一はヘルメットであった。

鴨川は様々な形相を見せる。始まりこそ思うような川下りはできないが三条までくるとゆったりと流れを楽しむことできる。岸には手を振ってくれたり、目が合うと会釈をしてくれたり、声をかけてくれたりする人がいて、京都はみな中身の詰まった良い人ばかりだ。

「お昼ご飯に弁当とか買ってきてあげれたらええんやけど、今財布持ってないから無理やわ、ごめんな」いえいえ、お気持ちだけで十分です。「何やってるんですかー?」「楽しいですかー?」川下りですー。楽しいですー。「京大の学生さん?」いえ。「京産大?」いえ、阪大です。「何かの実験?」いえ、ただの遊びです。「あらあら」警官「おーい、この先に段差があって危ないから上がりなさい」はーい。

警官を無視して三条大橋と四条大橋の間まで流れてきた。京都の女子大生たちが等間隔に座って、こちらに足を向けている。人を恐れないパンチラはまだ絶滅していないが、早急に保護が必要だろう。私はステ8の罪を許した。夕刻、私たちは五条まで流れ、そこで鴨川を後にした。

私はもうすぐ院生で年寄りであるから過去の記憶が曖昧である。まだ彼女らが絶滅していないとの保証は無いし、そもそもただの妄想であるかもしれない。以上に書いたことをもし誰かが実践して何がしかの不利益を被っても私は責任を負いかねる。ただ四条大橋を過ぎたところに足がつかないほど深い場所が一つある。気をつけるように、とは言っておこう。

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