阪大謎スポット~医学系研究科・阪大病院 PIT階~

開放的なのに狭苦しく、明るくもあり暗くもあり、どうしようもなく人工物で全然人を寄せ付けない。そういう場所から、始めよう。
さて読者諸君。諸君はこんな噂話を聞いたことがあるだろうか。
曰く、「大阪大学の各キャンパスの地下には全ての建物をつなぐ広大な地下構造物が存在する」。
曰く、「豊中と吹田の地下構造はトンネルで直接結ばれている」。
曰く、「待兼山内部を完全に組み込むべく、現在もこの地下構造は拡張を続けている」。
などなど。一部の神話がかつての天変地異の口伝から始まったように、これらの噂話にも基盤となる事実が存在する。

結論から言おう。
豊中・吹田の各キャンパスに、建物同士をつなぐ地下構造物が実在する。
さすがに、キャンパス間で連結してたりはしないけどね。
このたび僕らは医学系研究科及び医学部付属病院の職員の方の協力を得て特別な許可のもと、この地下構造の一部にお邪魔することができた。
普段は見られない大阪大学の秘境の一つ、その探検に、お付き合い頂きたい。

床面積と高さにおいて阪大で最大規模を誇る医学系研究科と阪大病院では、各部屋毎に空調設備を用意するのは現実的でなく、地下で全館分の冷温水を作り、それが配管を伝って建物内に循環している。
この効率的な冷暖房を行うための空調機、および変電施設と自家発電用のガスタービンエンジンを収めたのが、今回紹介する「レベル階・ピット階」と呼ばれる隠れた地下空間なのだ。
二層に及ぶ施設群を管理する中央監視室を覗いた後、廊下にある何気ない扉から、僕らの探険は始まった。

扉を開けると湿度の高い熱気が吹き付けてきた。扉の先の鉄骨階段を降りた先が「レベル階」。
打ち放しの空間に所狭しと並ぶ大型空調機、高い天井を縦横に這う配管。
ボイラーから漏れる熱気に強化された機械たちの存在感に、少し空気が濃くなったような妙な圧力を感じる。
壁面に敷き詰められた吸音材が無ければ、機械がたてる振動は空気の疎密波となって僕たちを襲っただろう。
一方で、冷凍機の奥に隠されるように置かれた自転車や、配管の陰からひょいと現れる作業員の方々が、機械だらけの空間にちょっとした人間味を与えていて面白い。

大型空調機たちに支配された空間の奥の扉を抜けると、幅60㎝高さ2mくらいの白い直方体のハコが数百、整然と並んでいた。
学内に引き込まれた高圧電流の電圧を調整し、各施設へ分配する施設。それぞれのハコの中には家庭用のブレーカーと同じような機械が入っている。
この倉庫のような部屋の奥に、「レベル階」のさらに下、「ピット階」へと降りる階段があった。
「レベル階」と「ピット階」をつなぐ螺旋階段は、自家発電用のガスタービンエンジンの脇に取り付けられている。
乗用車のエンジンを、形はそのまま車本体と同じサイズまで巨大化したようなそれ。
その日は沈黙していたが、不可避の停電の際や、夏季の電力使用量ピークカットのため、空気とガスの爆発力を熱と音とベルトを回す動力に変えて、足りない電気を補うことになる。
自家発電装置の奥にある巨大な扉の向こうは、暗くてよく見えなかった。
轟音をあげて稼働していたボイラーの真下に位置するはずだが、上の階の熱気と音はコンクリートの天井にさえぎられて届かない。
ふいに蛍光灯がともり、むき出しのコンクリートの広大な空間が目の前に広がった。
見通しをさえぎる巨大な機械と配管は数を減らし、打ち捨てられた古代の神殿みたいな、どこか厳かな雰囲気。
病院施設は停止が許されない。けれど、機械は当然定期的に交換される必要がある。
このため、稼働中の機械を置いてある領域と同規模の、何も置かない領域を用意し、新規の機械を空き領域に組み上げてから、現行機械を停止するという処置をとる。
その、現在は使われない空き領域を僕たちはいま目にしている。
物が何も置かれていない、打ちっ放しの空間とは不思議なもので、垂直に切り立った壁や柱はどう考えても人間の仕事に違いないのに、それがむき出しなことで作った目的が分からなくなり、かえって人間味が失われている。
乾いた空気と地上より幾分低い気温がなんとなく鍾乳洞じみていて、細長い作業用のトンネルの奥は懐中電灯の光も届かず、少しだけ怖い。
この作業用トンネルは、吹田キャンパスのメインストリートの地下を通る共同溝へと通じていて、さらにキャンパス内の他の建物の地下にある、同様の(ただしもっと小規模な)地下構造物とつながっている。
ピット階の端にある扉から、2フロア分の階段を上がって地上に出たところで、僕たちのささやかな冒険はおしまい。
唸りをあげるボイラーの代わりに、自分の耳を打つ蝉の声にうんざりし、さっきの涼しい空間に戻りたいと思ったことを覚えている。
豊中と吹田を結ぶトンネルは存在しないと言われたし、ピット階では地下を掘り進める団体どころか、虫一匹見つけられなかったけれど、巨大な機械群と広大な地下構造物に僕の心は満たされたようだ。
最後に、お忙しい中レベル階・ピット階の案内を引き受けて頂けた、医学系研究科及び医学部付属病院、並びに中央監視室の職員の方々にお礼を述べて、筆を置きたいと思う。ありがとうございました。

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