編集員榎本の日記

高校と大学の違いといえば、一つは制服と私服である。
大学では毎日私服で通わねばならない。新入生だった頃の私はどんな服装をしていたか。
ペンキで付けたような白い斑点のある作業着じみた黒いジャケット。
肩からは今から登山にでも行きそうなオレンジ色のリュックサック。
そしてその2つは巨大で体に合っていない。
もちろんそれは私の至高の服装であった。
しかしその服装を理解してくれる人間はなかなか現れず、私は入学早々世の大学生に落胆し始めていた。
サークルオリエンテーションの日、食堂「宙」の前でどのサークルを見に行こうかと右往左往している私は2人の男に声をかけられた。
彼らは開口一番こう言った。
「それ良いジャケットだね。どこで買ったの?」
流石大阪大学、やはり慧眼の持ち主はいたのだ。
彼らはこのジャケットの良さを瞬時に見抜いたのである。
「きみ、新入生?ぼくたちのサークルの話、聞いて行かない?」
彼らであれば私と同じレベルで話すことができるであろう。
そしてきっと信頼のおける人物に違いない。
「ここじゃなんだし、座って話そうか」
私は食堂の2階へとついて行き、そこで話を聞いた。
彼らは「問題解決サークル」を名乗り、その活動内容は週末に図書館などに集まって自分たちで社会における問題点を発掘し、勉強会をし、その結果をメンバーの前でプレゼンするというものだった。
素晴らしい活動じゃないか!彼らは小ぎれいな冊子を使って分かりやすく丁寧にサークルについて説明し、そして事あるごとに私のお気に入りのジャケットを褒めた。
最後に彼らは「今週末に西南図書館で集まりがあるから、君も来ない?」と誘った。
私は彼らの意識の高い活動とセンスの良さにいたく共感していたので、是非行かせて欲しいと固く手を握り合って約束をした。
その当日、私は電車で集まりに向かいながらそのサークルで活躍する自分の姿を想像した。
サークルに温かく迎えられた私はメンバーと共に熱心に活動に取り組み、彼らの前で華麗にプレゼンを行うのである。
メンバーはみな私を褒め称え、ゆくゆくはサークルのリーダーとなるであろう男の出現に歓喜するのだ。
そしてリーダーとなって地域社会の問題を快刀乱麻を断つが如く解決していく私は、やがてヘッドハンティングの対象となり日本のリーダーへと上り詰めて行くであろう。
いや、世界かもしれない。そして世界のリーダーとなった私が着ているもの、それはあのジャケットに違いない。
そう、いつしか私はそのジャケットと共に語られるようになるのだ。
伝説はここから始まるのである。
気がつくと電車は既に宝塚であり、私は完全に寝過ごしていた。
時計を見るともう集合時間を過ぎている。
私は急いで集まりへ向かったが集合場所には誰もおらず、結局彼らに会うことはかなわなかった。
私が彼らが有名なカルトであると大学側からの通達で知ったのは数ヶ月後であった。
その後、このジャケットが褒められたことは一度も無い。

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