廣川和花(大阪大学適塾記念センター准教授)

プロフィール

廣川先生1977年生まれ
2001年 大阪大学文学部人文学科卒業
2003年 大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻 博士前期課程 修了
2007年 大阪大学大学院文学研究科文化形態論専攻 博士後期課程 単位取得退学
2008年 博士(文学)、大阪大学
2008年 大阪大学総合学術博物館研究・教育部 資料情報研究系 助教 (大学院文学研究科兼任)
2011年 大阪大学適塾記念センター 准教授 (総合学術博物館兼任)
現在に至る

インタビュー

まず、適塾記念センターとはどういったところですか?
大阪大学の源流の一つとして適塾がありますが、それに関する研究とか調査とかをする大学としての正式な部局がなかったんです。それをちゃんとやっていこうということで、創立80周年を期に、大阪大学の一組織として作られました。文学部とか理学部とかみたいに、部局の一つとして存在しています。ただし、専任教員は私しかいなくて、いろんな部局の先生が兼任してくださっています。

適塾記念センターには、適塾運営部門、大阪学研究部門、オランダ学研究部門の3つがあり、私自身は大阪学部門の教員ですが、なにぶん一人しか教員がいないので、センター全体の実務的なことも、私がやることになっているのです。
適塾は蘭学塾であり、医学塾なので、適塾に関する研究の重要な部分というのは、近世・幕末期の医学史になるんですね。私自身は直接そういう研究をしてきたわけではないのですが、博物館で展示や資料保存に関わってきたことと、近代日本の医学史をやっている関係で、ここ適塾記念センターにこさせていただくことになりました。

出身について教えてください
私自身は、文学部に97年に入学して・・・・・・ずっと阪大にいるんです(笑)
そのまま、大学院も文学研究科に行って、そのあと総合学術博物館に常勤・非常勤含めて、4年間勤めて、そして、今ですね。

私が初めてお会いしたのは、緒方洪庵の薬箱を展示した特別展の時でした。展示ケースが高額だったのを覚えています。
展示って、すごくお金がかかる。2008年の緒方洪庵の薬箱の展示は数百万くらいするケースやったかな。相場としてはそんな感じ。エアタイトな、温度と湿度が一定に保てるケースっていうのは、ものすごく高いんですわ(笑)

博物館で4年、展示と資料保存の仕事をしてきました。適塾でも年に1回、特別展示を開催しています。適塾では常設展もあるので、そっちの方も時々変えています。適塾には建物だけではなくて、これまで残されてきたたくさんの歴史資料があります。研究や展示のためにも、適切な状態で資料を整理して、保存する日常の仕事が重要です。仕事としては、あと色々イベントごとが適塾絡みで色々あります。講演会とか、講座とか。

学生と関わる機会があんまりないですよね。
そう。授業も毎週やってるということでもないし、センターに今のところは学生が来るとかもほとんどないので。
適塾記念センターの資料室は、今後充実させていって、適塾に関する研究とか調査をする人が広く使えるようにしていくつもりです。教員学生に関わらず、関心のある人に使ってもらいたいな、と思っています。
適塾がルーツとか源流だとか言う割に、阪大の人はみんな適塾自体のことを知る機会があんまりなくて。今まで、外向けの講演会とかは毎年やってきているのですが、中の人に対して説明する機会が意外となかったので、できるだけそういうことをやっていきたいな、とは思っています。

ハンセン病についての本を今年出版されましたが、コメントなど。
もとは博論なんですが。2008年に提出して、学位をとって……ん?学位をとったのは2009年か?ちょっとまって……(黙考)……2008年でいいです。それにいろいろ書き加えて、『近代日本のハンセン病問題と地域社会』という本を出しました。大学院の修士課程からハンセン病の歴史の研究をしていて、それの集大成です。いや、集大成というか、現状でひとまず、まとめたという感じですね。テーマとしては、地味というか、深刻な感じがするかもしれませんが。

未だにハンセン病について問題が上がったときに、僕ら世代の人は詳しく知ってる人は少ないんじゃないかな、というのが私の感想ですが
そうね。日本ではハンセン病が新たに発生することがなく、克服されている病気なので、社会的に問題になっているのは、むしろ今でも療養所に元患者の方々がいらっしゃり、社会復帰が困難なこと。その患者の方々がより良く、今後生きていくにはどうすればいいか、ということが問題になってます。
でも私がやっているのは歴史学で、しかも戦前までしかやっていないのです。なので、直接今話したような問題にお答えするよりも、それを通じて普遍的な、社会と病気の関係とか、人間社会の普遍的な課題を引き出すために読んでいただけたらと思います。

ハンセン病に興味を持ったきっかけは?
もう退職されてますが、私の学部・大学院時代の先生がちょっとハンセン病の研究もされていて。本職は全く別の研究なのに。それが知るきっかけになって、「ああ、おもしろそうだな」と素朴に。そんな、「差別問題が深刻だ!」とかではないんです(笑)でもやってみたらおもしろかった。

どういう所がおもしろかったですか?
んー……最初のフィールドにしたのは群馬県の草津温泉。そこでは病気の人達が、コミュニティを作って暮らしていて、それが従来のハンセン病のイメージとぜんぜん違う世界があって。そういう世界があるということが、それまでのハンセン病の研究に対して違うんじゃないか、ということを考えていく一つのきっかけになりましたね。
たぶん、一般的なイメージで言うと、ハンセン病になったら警察に連れていかれて、療養所にずっと閉じ込められて、って感じだと思うんだけど、決してそういうわけではないんです。いろんな条件の中で、人が生きて、生活していってる側面をみなくてはと。
ハンセン病って医学史的には何が変わった病気かって言うと、医者とか患者自身が、めっちゃいっぱいいろんなこと書き残していること。そういうテキストはすごく面白い。語弊があるけどその意味で面白い病気といってもいいかも……

廣川先生の情報がウェブ上では少ないですよね?
意識的に出さないようにしてるからかも。こういうこと(ハンセン病の研究)してるとね、つまらないことで誤解されやすいし、あんまりうかつなことは書けない、できないという気持ちがあります。
私は、ほいほいウェブ上に色々もの書くのはこわいです。ご迷惑をおかけするのはわかってますが、顔出しもしません(笑)

Twitterとかですね
そうそう。やるんやったら、純粋に研究者として「こういう論文がある」っていうのとかの情報交換ならわかるんだけど。でもfacebookとかクローズドなSNSはちょこちょこ使ってます。

そのタイプの扇風機うるさくないですか?(デスク下のサーキュレーターを指して)
扇風機ってか、サーキュレーターやね。うん、ちょっとうるさい。あんま使ってないけど……いや、あまりにも節電節電いうからさぁ(笑)

最後に何か一言おねがいします。
歴史学の究極の目標って、「未来を予見すること」だとよくいわれます。でも、いきなりひとりの人間にそんな大きなことが出来るはずもなくて。わたしなんて歴史学の中でもせまいせまい「医学史」のなかのさらに限定されたことだけを研究してるんです。私の出身の、日本史学の研究者から見たら「際物」「外道」扱いです。でも、ある人にいわれたんですが、「際物」と名指しされるようなテーマから、正統派の歴史学を撃つような問題提起、新たな歴史像が提供できれば、これほど面白いことはないのではないかって。みんながそれぞれの専門でできることをやっていくことが、未来を見ていくことじゃないかな、と。

オススメ本Q&A

学生向けのオススメ本

「疾病・開発・帝国医療-アジアにおける病気と医療の歴史学」(編)見市雅俊/脇村孝平/斎藤修/飯島渉
「清潔の歴史-美・健康・衛生」(著)Virginia Smith(訳)鈴木実佳
「疫病と世界史(上・下)」(著)William H Mcneill (訳)佐々木昭夫 中公文庫

これまでの医学史の研究は偉大な発見や、有名なお医者さんについての研究というのが多い。科学技術としての医学がどのように進歩したかという内容だった。そういう歴史だったんだけども…そういうのが、90年代くらいから幅が広がってきて、一般的な歴史学の中で、病気が果たしている役割の大きさも認識されるようになった。
それには、マクニールの影響が強いのですが、これは読みやすいので学生さんたちにも読んでもらったらいいと思う。こういうのに影響されて、研究が発達してきている。そんな感じです。これは割と、授業とかでも読んでもらったらいいと思います。

「闇を光に-ハンセン病を生きて」(著)近藤宏一
元患者の方が書いた本です。自伝というかエッセイというか。すごく過酷な人生を生きられた記録です。じぶんのことなんだけど、客観的に書かれていて。

ハンセン病にかかった人が自分のことを客観的にみる、ということですか?
普通におもしろい。患者さんにもね、いろんな人がいて、すごい静かに、一生を淡々と終えていく人もいれば、この近藤さんみたいに、社会にすごくアピールしていく人もいる。ひとつのあり方を表した本です。

先生自身のお気に入りの本
「破船」(著)吉村昭
この吉村昭って私好きなんだけど。歴史小説家です。この話自体は創作なんですが、よく日本の医学史といか、民俗的な病気にまつわる風習とかが踏まえられていて、最初読んだのは高校生とかだから、そんなことは全然知らなかったんだけど、すごく印象に残っていて、自分が病気の研究を始めたときになんとくなく思いだした、という縁のある本です。
歴史家にとって歴史小説っていうのはすごく微妙なもので。司馬遼太郎とかにしてもそうなんだけど。吉村昭に関しては私はあんまり違和感を持つことがないんですね。

ご自身の研究に対する主義主張と一致しているということですか?
そういうことじゃないんです。私の研究が、今までのものとここが違う、ということができるとするならば、これまでのハンセン病の研究というのは、政策の研究が殆どで、患者さんが、間違った政策によってどういう被害を受けたかという、そのひどさを糾弾する研究しかなかったんです。けど、実際に地域社会で何が起こっているのかというとこから、もう一度、現実に起こっていることから歴史を構成してみてはどうか、そういう視点だと思うんですね。実際に名も無き人が、病気にかかったときに地域社会で生きて行くために必要な条件は何か、どんな困難にあうかとか、そういう……地味な、研究なんです。その視点が共通しているから吉村昭の書くものは共感できるのかな。

(以下ネタバレ注意)
「破船」ってどういう話かというと、すごく貧しい海辺の村に、ある時船が漂着するんだけど、乗っているのはみんな死人やねん。その死人たちはみんな赤い着物なんかを身につけていて。

現時点ですごい引きこまれています。
そうそうそう、謎の船なんだけどね(笑)その貧しい村っていうのは、漂着してくる船からモノを奪って生き延びてきたところなんだけれども、その赤い着物を着た死人たちが乗っていた船からもモノを奪って。その時に何が起こるか、という話です。
ネタバレをしてしまうと、それは天然痘なんですね。天然痘に罹って助かる見込みのない人たちを乗せて出発した船だった。天然痘って、昔から日本でとても怖い病気で。赤い物を身につけると予防になるとか治るという言い伝えがあって。それで、死んでいた人たちは赤い着物を身につけていた。それを奪ってしまうと、当然感染してしまう。その貧しい村に天然痘がもたらされてしまう、という話。

「Disease 人類を襲った30の病魔」(著)Mary Dobson(訳)小林力
これもお気に入り。便利なので(笑)すごく楽しい本です。いろんな病気について、一つ一つ、歴史やイラストを交えて載っています。
ウェルカム財団というイギリスの医学史のアーカイブの研究員の人が書いています。それぞれの病気に関しての、最新の研究も踏まえられていて。さらっと書いてあるんだけど、すごく新しい研究のことが踏まえられているのでおもしろいです。結構専門的なことも、コラムとかでは書いてあるんだけど、わかりやすい。

テーマ「未来」と聞いて思い浮かぶ本
「日本の公文書-開かれたアーカイブズが社会システムを支える」(著)松岡資明
歴史家なので・・・・・・アーカイブスの問題っていうのはすごい大事です。例えば年金記録の問題があったよね。ああいうのだって、国がちゃんとした記録を残していないから問題になったのあって、実はすごく身近な問題なんです。記録を残すというのは、本当に未来につながることだと思います。ただ単に、歴史家が資料として使うために残すということではなく、
震災に関しても、昔の津波の記録がどうとかっていう話もあったけど、やっぱり生かされていなかった。簡単に言うとね。昔の石碑とかでの素朴な残し方っていうのもあるけど、今やったらもっと違う形で、いろんな物が残せるでしょ?映像もあるし。
一つの避難所がどうやって運営されていたのか、とか。あれって、壁にいろんな張り紙いっぱいして。あれは後世から見たら非常に貴重な資料になる。そういう意味で、やっぱりアーカイブっていうのは大事。

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