モノ語り第一回 電子楽器テルミン

 みなさんはテルミンなるものをご存知だろうか。テルミンは1920 年ロシアのテルミンさんによってつくられた世にも奇妙な楽器である。タテに一本、ヨコに一本の棒がささった箱。その箱の上に手をかざすと、ぶにゅあああゆうあよんんと、生まれてこのかた聞いたことのないような不可思議な音が出る。なんとも珍妙にして、どこか魔法の国から来たような楽器であるが、このテルミン、実は当時の最新鋭の科学技術の産物であるのだ。

 発明者のレフ・セルゲイヴィッチ・テルミンは魔都ペテスブルクで生を受け、神童と名高い少年だった。神童と呼ばれる少年はえてして成長とともに残念なことになるのだが、このテルミン少年はそのまま育ってソ連のトップレベルの科学技術者になった。無線の改良に取り組んでいた彼は、ある時、無線機へ手を近づけたり遠ざけたりするとノイズが変わることに気がついた。この技術が応用されてできたのが世界初の電子楽器“ テルミン” である。時は、革命によるロシア=ソビエト連邦社会主義共和国の成立からまもない頃。旧弊な社会を打破し、真に進歩的な国家をつくるのだと自負していたレーニンの目には、電気による初めての楽器“ テルミン” は新政国家ソビエトの国威を示すシンボルとして格好のものにうつった。テルミンに感動したレーニンは、テルミン博士にアメリカ行きを言い渡す。この楽器を見せびらかして、どうだ今度のソ連て国はすごいだろーと、自慢してこいと命じたのだ。そこにはアメリカでのスパイ活動をせよという含みもあったようだ。テルミンはアメリカで、多くの人に驚きとともに迎えられた。電子楽器テルミンの名が知られ、演奏法など楽器としての洗練がなされたのも、この頃である。テルミン博士はアメリカで10年の年月を過ごした後、突如として失踪し、歴史の表舞台から姿を消す。後年、ソ連国内での生存が確認されるが、拉致とも亡命とも言われ、詳しいことは謎のままだ。その後、国内で収容所おくりになったり、科学者として諜報戦略に携わったり、無一文になったり、大学教授を務めたりと、不思議の楽器・テルミンの発明者にふさわしい、数奇な人生を送ったという。ついでに、今日の盗聴器の基礎を発明したのもテルミン博士であるらしい。科学技術者としても実に優秀な人であったようだ。

 テルミンは最古の電子楽器であり、その17 年後に発明されたシンセサイザーによって、電子音楽の主流は担われていくことになる。だが、その不思議な音や、どこにも手を触れずに曲を奏でるという幻想的な演奏スタイルにより、テルミン自体の愛好者は今も生まれつづけている。

 日本では数少ないテルミンサークルを、阪大にて結成したE氏によれば、まるで魔法のようなのに、それが偽物のトリックではなくて、科学的な理論に基づいていることが、大きな魅力であるという。どこでもドアが嘘だと知ったとき、だれもがすこし悲しかったはずだ。大人になって、夢みる頃をすぎても、まだ残ってくれている魔法として、テルミンは人々を魅了しつづけているのかもしれない。

参考文献
 テルミン―ふしぎな電子楽器の誕生 (ユーラシア・ブックレット)  尾子洋一郎・著
 大人の科学マガジン Vol.17 ( テルミン ) (Gakken Mook)

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